サイファー・テック代表取締役 吉田基晴のコラムです。
2010.5.6[ 第57回 ]
春が来れば思い出す

徳島県在住の友人から写真が届きました。新緑が香り立つ、春の渓流の写真です。
吉野川の源流部
ここは四国の銘河吉野川の源流部で野生のアマゴやイワナが生息しており、フライフィッシングを嗜んだ私は何日・何夜この渓流で過ごしたかわかりません。
この写真を眺めていて、ふと、今は亡き友人との思い出が蘇りました。
もう10年も前になりますが、私にはHenry(ヘンリー)さんという60才を超したアメリカ人の釣り友達がいました。若い頃は誰もが知っているコンピュータ企業の第一線で原子力関係の技術者をやっていたようですが既にリタイアし、外資系通信会社の役員を務める奥様の転勤で来日され悠々自適の生活を送っていました。柔らかな物腰と落ち着き払った態度、それでいて内面から滲み出てくる自信や自負のようなものがほどよくミックスされていて何とも素敵な雰囲気の紳士でした。彼とは仕事関係で知り合ったのがきっかけですがろくに英語も出来ない私を息子のようにかわいがってくれ、当時独身の私はディナータイムの彼の豪邸に上がり込み肉好きの本能が興奮で震えるほどの巨大ステーキをご馳走になること度々。しまいには「モトさん。今日は良い肉が入ったよ。」と、肉屋か小料理屋の大将からのようなメールが届く有り様でした。
これは、私同様にフライフィッシング狂だったヘンリーさんとこの時期のこの渓流に足を運んだ時のお話しです。
写真のように山岳渓流は深い谷になっていることがしばしばですが、2人で入渓した際にガイド役の私の判断ミスで急勾配の崖を登ることとなってしまいました。判断ミスの上に無茶を続けてしまい、気付いた時には滑落の危険から後戻りも出来ない状態になってしまいました。20代の私が身の危機を感じるほど危険で、息が上がってしまうほどハードな状況だったのですから、ヘンリーさんには本当に過酷な状態だったに違いありません。手を貸しあいながら励まし合いながら歩を進めなんとか平地に出たときは、安堵感と虚脱感でしばらく立ち上がれませんでした。とんでもない状況に曝してしまったことを、つたない英語でどうやってお詫びをしようかと考えていたところ、
「モトさん、死ぬかと思ったよ。ガイド選びを間違えたかな?だけど任したのは私だから気にするな。」
「死なない限りは全て良い運動になるし、どんな経験も全て良い経験だよ。」
「釣りに行かせてくれなくなるから、このことはワイフに言っちゃいけないよ。」
飄々と、そして茶目っ気たっぷりに返してくれたヘンリーさんは男惚れするほど格好良かった。自分が年をとった時にはこんな風に若者と接したいと思ったものです。
彼はその年の秋に重度の肺癌が発覚し"余命半年"と言ったら本当に半年であっさりと逝ってしまいました。きっとあの強行軍の時も肺を病んでいたのだと思います。
末期にお見舞に行った時には会話はもうほとんどできなかったけれど、お気に入りだったフライフィッシングの道具を形見のように渡してくれたっけ。
この季節の渓流を見ると彼のことを思い出す。
彼から何を学び何が変わったのかはわからないけれど、今の私はこんな友人たちから感じたことの上にある。
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