第147回 ひとつひとつ

先日、干物作りの名人とじっくりとお話しする機会がありました。
曰く「何より魚の鮮度、そして干す日の天候を選ぶ。」「これさえ守れば誰でも美味しい干物ができる。」のだそうです。一方で「たったそれだけのことを徹底してやる人が少ない。」のだそうです。

真冬の朝3時から日が昇る前まで。小さな魚に包丁を入れ、鱗や内臓を取り除き、丁寧に洗い、塩に漬け・・・。それこそ氷のように冷たい魚を数百匹も延々と。
味に影響は無くとも、小さな鱗ひとつも残したくないそうで、どうしても他人には任せられない手仕事なんだとか。
「大変でしょ?」の質問に名手は答えてくれました。
「そりゃひとつひとつに手間がかかるから、作業に取り掛かったときに残り何百匹もあるかと思うと嫌になる。」「けれど、ひとつひとつ取り組めば必ず最後の一匹にたどり着く。そう思って続けて、手抜きをせず最後にたどり着いた瞬間がなんとも嬉しい。わしは昔からこの喜びが好きなんよ。」

“手間のかかる仕事を続けた先で感じられるささやかな喜び”
名人が60才になってもそんな喜びを求めていることを知りました。

美味しい干物は作れぬ私だけれど、ひとつひとつ。